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バイな下着女装レズ

Author:バイな下着女装レズ
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私は、やはり、男性(同性愛者)と知り合うのは
やはり抵抗があった、私は同性愛ではない
男に愛はないのである。

どちらが好きといば、女性の方が好きである
女性ともセックスをする、ヘルスにも行くのである。

ある時、ネットで、下着女装というサイトを発見した。
この時、私と同じ気持ちの方がたくさんいることを知った。

そして、下着女装同士のレズプレーを募集している出会い系を見て
これならと思い、ある方にメールをして、会うこととなった。

ホテルに行き、お互いに、下着を身につけていて
お互いに、男は好きではないが、お互いの
ペニスを舐めたり、アナルセックスをしあうのだ。
お互い、裸になれば男同士というので、変だが
心はお互い、女なのである。
とても、複雑だ。

この時も、初体験があった
相手のアナルに初めて、挿入したのだ
レズプレーなので、私だけ入れられるというのはないのであった。

だけど、やはり私は入れるより、入れられた方が良かった。
この方は「みどり」さんといい、しばらく定期的に会うようになり
5回くらい、会ってホテルで絡んだと思った。
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2004年ころ
インターネットが盛んになり
発展場情報とか
出会い系のサイトが現れるようになった。
もちろん、男同士の出会いである。

私はネットに書きを込みした。
「アナルに興味があり、本物のちんちんを入れたいです」
と書き込んだ。

返信が来た、新横浜で待ち合わせをした。
私は、もちろん下着女装だ。
男は30才位だった、車で来てくれたので
そのまま、ホテルへと行った。

彼は、同性愛者だか、セックスフレンドのつもりで
私とアナルセックスをした。
この男とは、これっきりだった。


下着女装、再発

結婚後、下着女装が復活してしまった。
ニッセンなどのカタログやネットから
色々な下着を徐々に集めていった。

そして、パンスト、ショーツ、ブラ、をスーツの下に履き
ポルノ映画館に行って、おじさんに見てもらう快感が
忘れられなかった。
時には、映画館のトイレで、アナルセックスをしたり
映画館で知り合った男性とホテルに行き、アナルセックスを
楽しむようになった。

そして、下着を着けることで、自分が女になった気になり
、女として挿入される体験がたまらなかった。
しかし、相手の男を好きになる感情は、全くなかった。
平成11年、39歳の時、独立し社長になり
同年、結婚した。

その時、全ての変態性癖は辞めようと決断した。
持っていた、下着やおとなのおもちゃは
全て処分したのだった。

すぐに、子供ができた。
子供が3歳ころになった。
ころ、私が42歳頃の時だった。

再び、ニッセンのカタログを手にしてしまった。
そして、下着のページを見て
再び、買ってしまったのだ。
送り先は、会社の事務所である。
保存も、会社である。

そして、これをきっかけに
下着女装の性癖は
復活してしまった。
平成5年ころ
ある日、下着女装をして
結構、お酒を飲み酔っぱらった。
ある駅の地下街に飲食店が集中しているところがあり
そこは、駅ビルの関係上、夜10時には閉店である。

そして、私はトイレに向かったが
何故か、女子トイレに入ってしまった。

個室に入り、しゃがんで、女の様におしっこをした

仕事が終わった、女子従業員が
トイレに駆け込んでくる、私は、ドキドキしながら
耳をすませた。
我慢していたのか
「ジャー ジョー」と行きおい良く出ているのが分かるぐらい
聞こえる。

そして、目についたのが
目の前の、ゴミBOXである、トイレットペーパーで
丸めた物が、あふれていた。

私は、興味深々になり、一つを手に取り
丸まったトイレットペーパーをほどいていった。
そして、おりものがついたナプキンであった。私は、においをかぎ、もう一つを開いた
もう一つは、生理の血のついたナプキンや
タンポンがいっぱい出して、便器の前に広げた
それを見て興奮し、勃起しオナニーし
一つのナプキンのあそこの部分に射精した。

そして、それらを鞄につめて、持ち帰った。

それ以来、やみつきになり、何度か
公園の女子トイレや、デパートの女子トイレに行き
アナルオナニーをして、おみやげを持ち帰ったりした。



平成5年頃だったと思う
SM雑誌に、看護婦のS女の方が、M男に浣腸して
いじめるという、「 東京ジプシー」というヘルスであった。
場所は、池袋のあるマンションの一室だった。
産婦人科にある、ベットで足を広げて固定される
やつである。
診療台


そこに固定され、太い注射器で浣腸させられた
罵声を浴びせられ、
我慢をさせられ、
やっと、トイレに行かせてもらい、思いっきり排泄した
そして、シャワーをし
ベットに寝かされ、しごかれて、射精した。
あるパーティーでSMがあることを知り
行くことにした、もちろん、男はM男である。
会場は、マンションの一室であった
女王様は4人くらいいて
M男は10人くらいいだったのかな

私だけ、下着女装をしていた。
なので、目についたらしく
亀甲しばりなども、してもらった
主催者の女王様の専用奴隷の男の
ショータイムが始まった。
私だけ、縛られながら見物していた。

そして、女王様が、「聖水されたい人」
といい、誰も手を挙げなかったので
私が、手を挙げた。

風呂場に案内され、空の浴室に入り
女王様が、私の顔に向かって
おしっこをかけた。

縛られたのと、聖水をかけられたのは
初体験だったが
これも、また快感でやみつきになりそうだった。

男は射精は禁止だったのでした。
夜遅くになり、ほとんどが、部屋で仮眠を取って
朝帰りをしたが
私は、まだムラムラして
朝の始発電車で、出発まで時間があり
誰もいないので、電車の中で
思い出しオナニーをし、電車のなかに射精した。
平成5年~平成10年くらいまで
33歳~38歳くらいである
まだ、独身である。

その間、浣腸、アナルオナニー、
下着女装で外出
新宿、上野、池袋、町田などの
ポルノ映画館に行ったりしていた。

そして、新宿駅東口でのトイレでの出来事だ
今はなくなってしまったが
ここは、そういう人たちのたまり場ただった
要するに「発展場」というやつである。

立ちションをしているふりをして、自分で
ちんちんを勃起させ、しごいている。
となりと目が合ったら、個室に移動し
絡むのである。

しごくだけの人もいれば
尺八する人
アナルセックスする人
キスをする人
要するに、ホモ行為である。

そんななか、私は
そのトイレで、個室に入ったときである
おじさんが、ゴムするから「入れるよ」と言われ
アナルセックスをしてしましった。
それ以来、何度か
トイレでアナルセックスをしたり
しごかれたりして遊んでいた。

あくまで、私は やられる方
その世界では、「うけ」とか「ネコ」と言う。
下着女装をして、久しぶりにポルノ映画館に行った
椅子に座っていると、隣りにおじさんが座り
ジッパーをおろし、手探りでパンテイーをさわる
女性用のフリルがあるため、えっ ていう感じがわかる
そして、ズボンを膝までおろされ
シャツのボタンもはずされ、ブラがあらわになる
おじさんは「かわいいよ」とささやき、乳首をなでる
「あっっっ」と声がもれそうになり、快感が走った。

ブラを上にずらされ、乳首をなめられた
衝撃的な快感である。

そして、最後はしごかれ、射精した。

この初体験から、下着を見られる喜びと快感
びっくりする相手の姿
乳首を攻められ、まるで自分が
女になった気がする。

これで、やみつきになってしまった。

下着女装デビュー

平成5年、33歳の時、今の会社を辞め
フィリピン人のNORIとも別れ
川崎の会社に転職し、住むところも川崎に移った。
そして、その頃 ニッセンのカタログを目にした。
そして、鮮やかな、ショーツ、ブラジャーのページに
釘付けになった。
その下着をみながら、オナニーをしたことも何度かある。

そして、ついに、下着をカタログショッピングで買ってしまった。
ブラ&ショーツ、キャミソール、パンストが家に宅配で届いた。

早速、履いた。寝るときはショーツとキャミで寝たりした。

そして、休みの日に、待望の下着女装デビューであった。
行き先は、とりあえず、ポルノ映画館であった。
その頃、フィリピン人の、のりと訳あって、同棲することになったが
普通にSEXはしていたが、
出張先では相変わらず、アナルオナニーをしていた。

そして、交際新聞を 再開した。
理由は、ほんものの、おちんちんを、アナルに
入れたくなったのです。
そのことを、掲載したら
2人の男から手紙が届いた

そして、二人の方に返事をし
会うことになった。
一人目は、小さなレストランのマスターだった。
休みの時にレストランに行き、ソファーで、初体験となった
マスターは、私のちんちんをしごきながら、出し入れした。
ものすごく、快感になり 射精をした。

二人目は、車で待ち合わせをして
初めての、男性とのHOTEL IN だった。

ベットの上で、後ろから、「おまんこ、おまんこ」と言って
射精した。もちろん ゴムはしている。
私は、まだ いっていなかったので
あとで、自分でしごいた。
その、おじさんとは
これっきりだった。

しかし、男を好きになる感情は
まったくなかった、
そのころ、アナルに物を入れる習慣がつき始め
アナルで感じるようになってきた。

そして、同時に、浣腸も癖になり、自分で
イチジク浣腸をするようになった。
そして、何故か、外で排泄することが
快感になった、同時にオナニーもする。
公園の砂場、滑り台の上から、
近くの川の縁、
どこかの会社の入り口
出来たばかりのマンションの
玄関前など

人がビックリする姿を想像するのが快楽だった。

そして、外で女の子みたいに、おしりを出すのも
快感だった。

ある時は、川の縁に、草木が生えている中で
全裸になり、浣腸、排泄、アナルオナニーなど
誰かに見られるかも知れないという、スリルが
たまらなかった。

神戸に2~3週間くらい出張した時だった。
日曜日の休みに神戸の町を一人でぶらついた。
そして、駅前の公衆トイレに入った時だった。
おしっこをしていると、隣りにおじさんがきて
私のおちんちんを見ている。
そして、手が出てきて、さわり始めた。

私は、映画館の行為は、自分をダメにすると
断ち切っていたが、心臓の鼓動は速まり、
意識がとーくなり、個室に誘導され
尺八をされて、一気に射精してしまった。

そして、再び、映画館に行くようになってしまった。

浣腸 初体験

そして、何かの時にSMの話になり
絵里は浣腸用の注射器を持っているとのことで
私が、やってくれと頼み
私の家で、浣腸をされることになった。

風呂桶にお湯を入れ、太い注射器で浣腸させられたが

あまり長い間、我慢できなく、すぐに出してしまったと思う
その時は、あまり興奮はしなかったと思った。

その後、絵里とは別れた。

初体験、変態行為

ついに、その女、絵里と会うことになり
私のアパートに来た、
そして、すぐにセックスをして
付き合うことになった。
何度も、泊まりに来てセックスをした。
いろんなセックスをした、カーセックスなど
私が出張の時は、電話でテレホンセックスをしたり
オナニーごっこをしたり、
1年ぐらいつづいたのだろうか、、、

あるエロ雑誌に、交際新聞というのがあった。
まだ、携帯電話もポケベルも無い時代である。

今でいう、出会い系 と言うやつだ

その新聞を登録して、月に一度送られてくる。
自分の交際文も載せてもらった。
そして、めぼしい女性の掲載文をみて、投稿した。
手紙は、交際新聞の会社が転送してくれる。

その後、絵里という女とから、返事がきた、今度は直接
手紙のやりとりが始まった、文通と言うやつだ。

そして、何度目かに少し大きめの封筒が来た、なんだか、
ふわふわしてふくらんでいる。
中を開けると、サラランラップにつつまれた、
シミのついたパンツが入っていた。

私は、そこの部分のにおいかんだ。
そして、その汚れたパンツを履いてみたくなり、履いてしまった。
そして、その時、何かの衝撃が走った。
もちろん、ちんちんは勃起している。
そして、オナニーしたあと。

パンツを履いて、ジーパンを履き、外を散歩してしまった。

アナルのめざめ

27才の時に、ヘッドハンテイングをされ、エレクトロニクスの商社に転職した。
そして、アパートの一人暮らしとなった。
エロビデオを見放題で、エロビデオにはまっていたころであった。

そんな、中、アナルセックスのビデオを見て、アナルは感じるのか、、と思い
男にも、アナルはあるので、同じように感じるのだろうかと
疑問に思い。
実験してみることにした。

最初は、ボールペンを入れ、何故か気持ちよくなり
ちんちんは、勃起し、オナニーしてしまった。

それ以来、だんだん、太い物を入れるようになり
激しく、出し入れして、ちんちんをしごいてオナニーするように
なってしまった。

とうとう、女様の大人のオモチャを買い、それが入るようになってしまった。

彼女とのSEX

大学の最後の年に、音恵という彼女が出来、1度セックスをして。
彼女に没頭し、映画館には行かずにすんだが
別れて、また映画館に戻った。

そして、私は、NECとい大企業に就職した。
電子回路の設計部門で、仕事が忙しく、楽しく
生活のサイクルが変わった。
そして、しばらく映画館には行かなくなった、
こんな事をしていては、自分がダメになると思い
断ち切ろうと、仕事に没頭した。

そして、彼女ができて、女とのSEXに夢を見たが
一人目は、大学の部活の後輩の元子である。
デートを繰り返したが、結局キスも出来ずに、「先輩としか思えないと言われ」別れた。

次は、あるパーティーで知り合った香織という女と、やっとセックスまでしたが、数回、
彼女の家に行ってセックスをしたが、別れてしまった。

3人目も、会社で知り合ったが、キスまでで、さよなら
名前は思い出せない。。



ポルノ映画三昧

しかし、何故か、あの体験が頭から離れず
日曜日に、また引き寄せられるように
新宿のポルノ映画館に行ってしまった。
そして、隣りにまた、こないだとは違う
おじさんが、座り
同じように、ジーパンのファスナーを開けられ
しごかれた
僕は、心臓の鼓動が激しく動くのがわかった。
そして、同じように、トイレに誘われ
個室に入った、ズボンをおろされ
尺八をされ、僕はたっぷりと射精した。

それ以来、何度か、この体験が止められず
新宿のポルノ映画館に足を運んだ
そして、行くたびに いろいろなおじさんや、にいさんに
しごかれたり、尺八されたり
中には、映画を見ながら
座席で、コンドームを付けられ
射精したこともあった。

初めて尺八される

初体験
今から、28年前、私が大学生だったころ
新宿のポルノ映画館に一人で行った
座ってみていると、となりにおじさんが座った
そして、しばらく立つと、おじさんの手が
僕の股にさわり、股間に手が伸びてきた
私は、硬直し抵抗できずにいた
おじさんは、さらに、ファスナーを開け
ちんちんを引き出し、大きくなった息子を
しごき始めた。
そして、耳元でトイレに行こうと言われ
私は、のろいにかかったように、うなずき
トイレに行った。

そして、おじさんは、トイレで
おじさんの家に、ノーカットビデオがあるから
見に来るかいと言われ、ついて行ってしまった。
まだ、裏ビデオが出まわった最初のころだと思った
ビデオデッキすら出始めたばかりである。

そして、おじさんの家に行き、ビデオを見た。
画像は汚かったが、初めて見た、裏ビデオであった。

そして、見ていると、いつの間にか、裸になっていた。
おじさんは、僕のちんちんを加え、フェラチオを始めた
おじさんは、69の体制になり、無理矢理、私の口に
ちんちんを入れようとしたが、初めての私は、気持ち悪く
少し、口に含んだ程度だったと思う。

そして、私は、おじさんの口の中で射精した。

そして、家に帰りながら、悪夢だったことを受け入れ
2度とこんな事をしてはいけないと、誓ったのだった
そして、このおじさんとも、それ以来2度と会っていない。

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